この地方には珍しく雪が降った。
それも、ふわふわの綿雪だ。
珍しいものをみた。
車のフロントガラスの向こうの世界で
ふわふわと白い妖精のような綿雪がつぎつぎと
地上に舞い降りてくる。
気がつくと、涙を流していた。
ただでさえ雪で視界が悪いのに
これ以上視界がわるくなったら事故っちゃうじゃないか…
手でぬぐうも…
なぜだろう…
次から次へと
涙はあふれ出す。
声まで出して泣きそうになった。
なんでだろう。
綿雪はぼくのそんな動揺なんて関係なく
ふわふわと振り続ける。
たまらず車から降りて
空を見上げた。
不思議と涙は止まっていた。
あまりの幻想的な世界に、
僕は思わず空に心が吸い込まれそうな間隔に
一瞬だけ、
ほんの一瞬だけだけど
落ちそうになって、
はっと、現実に引き戻された。
ここはどこか、
君は誰か。
そして、私は、誰?
ここは夢の中?
夢の中で見る夢こそが現実?
どちらが本当なの?
今、
私の瞳に写っているもの
私の手に触れているもの
私の耳に聞こえているもの
私の肌で感じているもの
すべてが、
すべてが夢の中の幻想?
幻想なのかもしれない。
本当は、
私が夢と呼ぶその世界こそが
現実なのかもしれない。
そもそも
私は、存在していないのかもしれない。
今私が五感で感じ取っているものすべてが
存在せず
誰かが見ている夢のかけらの一つでしかないのかもしれない。
私は存在しないのかもしれない。
私は、きっと存在していない。
哲学を語るつもりはない。
タダ一つ。
私は、存在していない。
だから、
私には、
名前がない。